| 平成15年度 一関高専 厚生補導研究会(H15.8.28) |
| 講演:構成的グループ・エンカウンターの実際 |
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盛岡市子ども科学館 学芸指導主事 NPO日本教育カウンセラー協会認定 上級教育カウンセラー 小野寺正己 |
| はじめに |
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今、ご紹介にあずかりましたが、 私は盛岡市子ども科学館でプラネタリウムの叔父さんをやっています。 昨日(8月27日、火星大接近の日)は非常に大盛況でした。 うちの館には夜の7時半から800人以上が来て、 近くの太田橋付近が大渋滞になりました。 しかし、天候の関係で、 望遠鏡から火星をみることができたのは15人だけでした。 現職の前に教員をやっていたとき、 この「 構成的グループ・エンカウンター」を 学級やクラブで採用したところ、 子供達が生き生きと生活するようになりました。 そこで、この手法をもう少し研究したいと思い、 2年間大学院で勉強しました。 こちらの教育カウンセラーをしている戸嶋さんとは、 年は違いますが大学院の同級生になります。 よろしくお願いします。 |
| 高専生の悩み |
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先ほど、校長先生や、高橋先生、梅野先生の話をうかがって、 高専でも構成的グループ・エンカウンターが一つの手法として 使われる場面があってもよいのかなという感想を持ちました。 一関高専の学生さんが、 どんな悩みを持っているのかを、 カウンセラーの戸嶋さんから差し支えのない範囲で 聞いてみました。 相談に来る学年は、今年度は2年生が多く、対人関係の悩みや、 青年期の課題である自己確立の面での悩みが多いようです。 これ等は互いにリンクする悩みです。 対人関係がうまく結べない学生は、 自分はどういう人間でどういう職業につけばよいのかという、 自我同一性の悩みを持っています。 これは一関高専に限ったことではなく、 岩手大学でも大きな問題になっています。 岩手大学は地方のある程度優秀な子が入学してきますが、 大学に入ると適応できなくてやめていく子がいます。 せっかく大学に入ったのに退学していく。 そこで、岩手大学では、10人くらいのクラスをつくり、各クラスに 担任制をしいて、月に1度(あるいは週に一度)ガイダンスを やるようにしているようです。 大学生になっても、「友達が作れない。」 「俺は一人でどうしようか?」という悩みがあるのです。 昨年、こちらの高専の1年生の あるクラスで 構成的グループエンカウンターをやらせてもらいましたが、 いろんな高校や小中学校の生徒と比べて、優秀で理解力も早く、 いいお子さんだと思いました。 しかし、そういう子供さんの中でも 悩んでいる子がいる。 それは、この学校に限った問題ではなく、 社会的に問題になっていることであると心理学的には言われています。 |
| 発達課題の積み残し |
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これらは、全部「発達」です。 発達課題を積み残してしまうと、全部そこまで戻らなければなりません。 たとえば、10歳の発達課題を小学校で積み残して、 青年期になってカウンセリングを受けると、 その10歳の時の発達課題まで戻ってカウンセリングをしないと、 次に進めません。 高専でも、大体の子はその年代に見合った発達をしてきていても、 小さい頃の積み残しがある子の場合は、 それをカバーしてあげないと、 その子はそれを引きずりながら大人になっていくことになるのです。 そういう面での目を配ってもらうと、 「この学校に入って良かったなー。」と思って卒業していくのだと思います。 人間は、「人と人との間で育って人間になる。」とよく言われます。 人との関りを経ないで人は成長しないのです。 積み残しが乳児期にあるということは、 母親とその子の人間関係に積み残しがあります。 3歳児は個々に遊んでいるだけで周りとの繋がりが薄いのですが、 4〜6歳になると友達との関りがでてくる。 3年生になると「ギャングエイジ」が出てきて、 友達のルールが一番になる。 親よりも友達の中のルールが優先され、 そのルールを守らない子ははずされる。 はずされるからルールを守る。 まるでギャングのようなことが行われます。 しかし、このギャングエイジを経ないと、 次の学年には行かないのです。 次に来るのが、中学校の第2反抗期です。 こういう課題を、人との関りの中でキチキチとこなしながら 発達して行くのですが、 その「人との関り合い」がうまくいかないと悩むことになります。 つまり、人間関係を学ばせないと駄目な時代になっている、 というのが今の状況です。 そこで、小学校でも中学校でも、 「人間関係を豊かにする・・・」「対人関係を豊かにする・・・」 という演題の研究会がよく行われるのです。 |
| 対人関係を育てる手法 |
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日本では、今、「対人関係をどうするか?」が注目されており、 心理学会でもそればかりやっています。 そのためには「スキルをつければよい。」とか、 「心を育てればよい。」とか、いろいろな事が言われています。 いろんな方法がありますが、 「構成的グループ・エンカウンター」は、 対人関係をうまく結ぶための一手法として、 今、注目されている方法なのです。 一関高専は教育機関なので、 小中学校で積み残したものをそのままにしておくわけには いかないと思います。 その積み残したものに手を加えることが必要でしょう。 勉強ばかりではなく、 人間的な関りの部分にも手を加えていくことが、 求められてきていると思います。 昔は、大学で担任などは不要で、 自分で友達を作っていました。 今は友達も作れないで籠ってしまう人もいっぱい出てきているので、 「今後のいろんな政策の中では、 大学・短大・高専でも人間関係に光をあてて、 そこもちゃんと教育しなければならないという 流れになっていくのではないか。」と、 私が教わった先生は言っていました。 その意味では、高専さんでも、 こういうことをやる必要があるのかなと、 校長先生などとの話しをうかがいながら思いました。 |
| グループによる本音の交流 |
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では、それは、どういう方法なのかという話に入っていきたいと思います。 構成的グループエンカウンターは3つに別れています。 グループ体験をさせるのが一番の目的です。 対人関係の中でないと人間は成長できないので、 グループを使ってエンカウンターをさせようということです。 「エンカウンター」とは出会いということですが、 心理学的には「本音と本音の交流で自分や他者に出会うこと。」 としています。 「本音の交流」という意味は encounterという英語の意味の中にはありませんが、 他者と出会わせる、自己と出会わせるために 本音と本音を交じ合わせるという意味です。 |
| 「体験」の意図的な構成 |
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「構成的」とは何かというと、「構成するんだよ。」ということです。 「構成する」とは、時間・場所・人数など、 いろんな要素を組み合わせますよということ、 体験を意図的にさせるということです。 この手法は、 ロジャースというアメリカの心理学者が始めたものです。 |
| グループ・エンカウンターの誕生 |
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日本のカウンセリングは、 クライエントが「こういうことで悩んでいます。」と相談にやって来ると、 それに対してひたすら共感を示してうなずくという形を、 皆さんはイメージしていると思いますが、 この形のカウンセリングは、日本に広がり過ぎたといえます。 この、1対1で人の話しを聴いて癒してあげるという カウンセリングを提唱したのが ロジャースです。 しかし、ロジャースは、 晩年はグループ・エンカウンターばかりやっていたのです。 エンカウンターグループの方が治癒力があるということから、 この手法を多用して 1対1のカウンセリングはほとんどやらなかったと言われています。 それは、「ベトナム戦争」という時代の要請がありました。 つまり、退役兵士のPTSD(心的外傷後ストレス障害)が非常に多く、 それに対応できるカウンセラーが足りなかったのです。 多数の患者を待たせておくことになりますが、 患者達はただ黙って待っているわけではなくて、 待っているうちに互いに関わり合うようになる。 その関りを通して、結果的に「支障がない」という状況が生まれたのです。 その状況をみて、ロジャースは、 「集団は心を癒す場になる」ことを学んだといいます。 カウンセラーのテクニックで1対1の 面接で癒す手法も必要ですが、5人程度の集団で互いに自分の 思いをぶつけて行く中で、互いが癒されて行くという経験をした。 その中で、何が癒したかというと、 それは「本音の交流」だということに気づいたのです。 カウンセリングがうまく行くのは、クライエントが 自分の本音を包み隠さず話して、その中で自己発見していくときです。 ロジャースのカウンセリングは、カウンセラーはほとんどしゃべらない。 相手に話させて、相手が自分で頭を働かせて、「ああそうか、 自分はこういうことに悩んでいて、それはここに原因があって、 こうすればよいのか。」ということに気づいて自分で解決していく。 カウンセラーは、「気付いたんだから、あとは大丈夫だよね。」という。 カウンセラーは聞いていただけなのに、 クライエントからは感謝され、しかもお金がもらえる。 非常に簡単な職業のようにも思えますが、 そこにはクライエントに本音を話させるカウンセリング技術があるわけです。 |
| グループ手法の負の側面 |
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このグループによる手法が 良いと思われて、アメリカから発信されたTグループなどで やられている。それが間違いだったのは、能力開発センターです。 参加費30万円とかを取って、どこかの山の中に置き去りにして、 勝手に帰ってこいとかいうことをやっている。 あるいは、これからやるようなことをやってお金を取っている企業もあります。 グループは、所属している人間をうまく操作もできるが、 癒しもできます。そういう部分が、 「それは宗教だからやっていはいけない!」と先輩から言われたこともあります。 集団心理をうまく使うと、子供達の精神の発達に使えるが、 悪く使うといろんな宗教集団にも使える。 それを、今日やって、体験してもらえればと思います。 |
| 教育現場におけるグループ・エンカウンター |
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ロジャースがやったのは、 15人くらいのグループを、 参加費を取ってどこかに集めてやる方式です。 しかし、この方式は、結果がまく行く場合と行かない場合があり 教育現場では合わないといえます。 1時間の単位で、「さあ自由に話してください」と言ってみても 話し合いは始まりません。 そこで、教師が音頭をとって、 「さあ、これをやろう!」と指示する。 時間は10分、人数は3人ということを教師が意図して交流させるのが、 「構成的」ということなのです。 今、小学校・中学校では、この構成的グループ・エンカウンターが、 全国的に広く行われています。高校では、 教育指導困難校では広くやられていますが、 進学校ではほとんどやられていません。 「スポーツ・進学・その他」というような学校ではやられています。 非常に注目されている手法です。 実際にどうやるかというと、 じゃんけん、双六、ビンゴゲームなど、 非常にゲーム的なことをやります。 小学校や中学校では、生徒達は喜んでやります。 この前、岩手県のある教育指導困難校でやりましたが、 最初は斜めに構えていた子供達が 最後は喜んでじゃんけんをしていました。 「じゃんけんの力は凄い!」と再認識したものです。 |
| 行動と感情 |
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人間は、何かの行動を起こすと必ず感情が生まれます。 「おもしろい。」「つまらない。」「気にいらない。」などの 感情が生まれます。しかし、それで終わってしまうと、 「良かった!」「おもしろかった!」だけで終わってしまいますが、 エンカウンターはそこに「認知」をいれます。 たとえば、じゃんけんをして楽しかったとき、 「なぜ楽しかったのか?」を問いかけるわけです。 たとえば、 じゃんけんして勝ったら何かの話しをするとか、 負けたら何かをするとかのゲームをしたとします。 そのゲームを通して、 関わりの少なかったAさんのことが知れた。 これまで直接関わる機会はなかったが、 じゃんけんをすることでAさんと組めた。 組んでみたところ、 「やっぱり思った通りの人だった。」というような感じです。 じゃんけんで組み合わせを決めて互いに何かの話しをする。 ジャンケン自体が楽しかったということで終わらないで、 ジャンケンをすることでAさんと関われた、 Aさんと話しをして楽しかった、つまり、 「思い切って人と話をすることは楽しいことなんだ。」 というサイクルができるわけです。 「楽しいんだから、思い切って人と話して見よう!」とか、 そういうサイクルができると人は行動化されます。 構成的グループ・エンカウンターは、 最初にここからやるのです。 単なるジャンケンですが、そこからスタートするのです。 |
| 構成的グループ・エンカウンターの流れ |
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別な言い方をすると、 教育は、「挨拶をすると気持ちが良いんだから挨拶しよう!」 というところから入るわけです。 「こうやると、こうなっていいからやろう!」と教師が働きかける形です。 そして、それをやってみた子は、確かに気持ちがいいと感じて、 「それじゃやろうか。」というサイクルができる。 それに対して、何だか分からないけど「じゃんけん」をさせられた、 そしたら、楽しかった、つらかった、悲しかった、 などのいろいろな感情が生まれた。 そこで、「それは、どうしてなんだろう?」と考えさせ、行動化させる。 それを、実際の流れにしたのが、 「インストラクション」「ウォーミングアップ、」「エクササイズ」 「シェアリング」という流れなのです。 「エクササイズ」をやってみてどうだったかという感情を 最後にシェアリングする。シェアリングして、また行動に戻していく。 インストラクション、ウォーミングアップは、準備体操のようなものです。 高専で去年ちょっとやってみましたが、 「じゃんけんするぞ!」というと、学生さん方は、 「変な叔父さんがきて、何でジャンケンするんだ?」という顔をしていました。 しかし、やっていく中で楽しくなってきたようで、 後半は楽しくやっていました。 エクササイズをやっていく中で、 これはどういう意味があるかを説明すると、 去年の学生さんは「あー、なるほど。」というような顔をして納得して 聞いていました。それが、「この子らは優秀だな。」と思った理由です。 学校によっては、「こういうことをやるぞ!」と言っても、 彼らは感じがわからない場合があります。 たとえば、「親睦を図る。」と言っても、 彼らは「親睦って何だ?」と言い合って大変なのです。 高専の場合は、「こういうことをやるよ!」というと、 あっさりやってしまいます。最後の感想をみると、 「こういう交流も必要かなと思った。」などと書いていました。 「君は先生か!」という感じで、おもしろいと思った次第です。 「こういう交流も必要かなと思った。」とありましたが、 それは、「知らない人のことを知れた。」「知らない人間と話せた。」 というとことと結びついているのです。 必ず、シェアリングをさせることが必要です。 それをさせないと、 「あー、楽しかった!」というゲームだけで終わってしまい、 次の行動につながりません。 構成的グループエンカウンターは、この流れを大切にしているのです。 |
| 対象とする子供達の把握 |
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資料の4にある内容は、ちょっと高専さんにはそぐわないのかなとも思います。 実際にやるときに、どういうことが必要になるかというと、 「対象とする子供達は、どんな子供達なんだ?」ということ を正しく把握しておくことが非常に重要なのです。 今、学級崩壊ということが言われていますが、 小学校・中学校では1割くらいはあります。 小学校1年で授業ができない学級というのもあります。 そういう学校にいって10分話しをすると、 もう子供達は教室にはいません。 そういう学級(中学校)にいったら、首尾は最初の30秒です。 「さあ、今からジャンケンをやる。さあ、立って!立って!」 と立たせて、「さあ、ジャンケンポン!」と私が教壇に立ってやるのです。 本当に実態にあったことをやらないと、それはできません。 今日はこれから色々なことをやりますが、 それが、何かに使えるかというと、使えません。 「相手にするのは、どんな子供達なのか?」ということを考えることが必要です。 私は、小学校や中学校で主にやっていますが、 まず心理検査をかけて学級がどんな状況なのかを調べます。 そして、その学級で、この子はどういう立場なのかを把握してからやる ことを勧めています。 そういう面では、高専さんは特殊なのかなと思います。 ただ、1〜3年は高校生と変わらないと思うので、 高校生向けの質問紙を使ってやってみるのも必要なのかなと思います。 |
| ガイダンスでの利用例 |
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高専でどういうことができるのかを、さっき考えてみました。 ガイダンスの時間があるようですが、 高校での朝のホームルームがないとのことですね。 そこで、そのガイダンスの時間は 1週間分の諸連絡に費やされるということを聞きました。 それはやむをえないと思います。 しかし、それだけで1時間費やすのはもったいないことです。 そこで、掃除するにしても、 次のようなことを加えてやってみたらどうでしょうか。 それは、ただ掃除させるのではなく、 掃除のグループをときどき変えるとか、 掃除をゲーム的にやらせるとか、 掃除をやった後に、今日の掃除をやってどうだったか、 掃除のグループはどうだったかという振り返りをさせるだけでも、 全然違うのではないか、ということを思いました。 これからゲーム的なことを皆さんにやってもらいますが、 これを1週間に1回、5分か10分継続してやるだけでも、 かなり変わってくるのではないかと思います。 |
| 寮やクラブ活動での利用例 |
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寮があるということでが、私も学生時代は寮生活でした。 寮での生活は寝食をともにするので、とても大切です。 今でも、年に1・2回は寮の友達と会います。 寮の中で交流させる場面もあるということなので、 「さあ、これについて話し合え。」というばかりではなく、 これからやるように、 サイコロを振らせて話すテーマを決めて話すとか、 ビンゴゲームを取り入れるとか、 いろんな手法をとりいれることができるだろうと思います。 私はクラブ指導は剣道部でした。 自慢ではありませんが、全国大会にも何度か連れて行ったことがあります。 練習は相当やりました。 しかし、4年ほど前に、そういうきつい練習はやめました。 理由は運動の苦手な子が一杯入部してきたからです。 兎跳びが一つもできない子が一杯きて、 「これでは勝ち上がれないし、練習も十分にはできないかもしれない。」 と思って、きつい練習はやめました。 その代わりに、この構成的グループ・エンカウンターをやったのです。 話し合いをさせたり、試合が終わったら、 ちょっとイメージをさせて、 「あの子はどういう思いでやっていると思う。」というようなことを 話しあわせたら、 その後は非常にまとまって1・2回は勝てるようになりました。 スパルタはほとんどしていません。 クラブ活動でも、使えると思います。 |
| 新入生に対す利用例 |
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高専で成功するだろうと思われるのは、1年で入って来たときに、 「1週間に1回やるガイダンスでは、こういうことをやるんだよ。」と、 思わせてしまうのがよいかもしれません。 そうすると、3年間続くことになります。 高専は、普通の高校生活と違います。 私も、一人、高専に入れたことがあります。 その子は、高専に入って「自由でおもしろい。」と言っていました。 しかし、休みの日には家に帰って来ます。 友達は、やはり地元の友達が多いようなのです。 その点は、ちょっと残念に感じました。 せっかく、いろいろな所から来て、 それぞれが最初は友達のいない中で高専に来ているので、 ガイダンスではいろいろな人を知り合うことをさせられるという きっかけを作ってしまえれば思います。 最初は、子供達はさびしいと思います。 いろいろな各地から来て、友達もたくさん来るわけではない。 子供達は中学校の延長線上できているので、 学級とかクラブの中で育って来ています。 集団の中で「俺ってどんな人間?」とか、「どうやっていけばよいのか?」 ということばかりやって来た子供達なのです。それが、いきなりぽんと来て、 「君達はもう学生である。よく考えて行動しなさい。」と言われても、 かなりギャップがあると思います。 中学校では、けっこう手取足取りの指導でした。 班活動では何をしようか、さあ皆でこうしましょう、とかいう形で 学級活動をしてきました。その中でぽんと投げられても、 学生さんは、「えー、どうしたらよいの?」となるでしょう。 さっき、リーダーがいなくなったという話しを聞きましたが、 リーダーなんか、今の子供達には出ません。 入学してリーダー性を発揮しようとしても、つぶされますから。 それだったら、黙って様子を見て、 皆と何となく何となく過ごしてしまう方がよいと思ってしまうでしょう。 それだったら、最初から教師が入って、 「この学校のガイダンスはこういうことをやるのだ。 皆、いろんな所から来た人間なのだから、 最初は知り合うことをしようよ!」 ということでガイダンスの時間を構築していけば、 非常に人間関係がよくなると思います。 |
| 構成的グループ・エンカウンターのエキスの利用 |
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実技が始まると分かると思いますが、 何と子供じみたことをやるのかと思われるかもしれません。 皆さん、「今の子供達は幼くなったなあ。」 という実感をもたれていると思います。 それが実態なわけなので、 その幼くなった子供達に対応するプログラムを用意して行くのが 教育機関の役目だと思います。 教育目標を下げる必要はなく、 その目標に近づけるための手段を変えていく必要があると思います。 その一つの手法を、今から実践していきたいと思うわけです。 「これは使えるな。」と思う所を、使って頂きたいと思います。 構成的グループ・エンカウンターは、 万能だとは思っておりません。 本屋さんに行くと、「構成的グループ・エンカウンターで学級が変わった」 というような本がたくさん出ていますが、そう簡単には変わりません! その本を見てやったら、かえって学級が悪くなったという場合もあります。 教育にマニュアルなどあるわけがないので、 その本ばかりみてやってもうまく行くわけがないのです。 本の通りにやるのではなくて、その本のエキスを自分の中に入れて、 子供達の中にうまく出してやると学級が変わっていきます。 「この後で、こういうことを言う。」と本に書いてあるので、 その通りに言うような先生のクラスは悪く変わっていきます。 この辺りが問題なのです。 先生方には、今日やってみて、「これは使える。」「これは使えない。」 ということを感じ取って欲しいのです。 先生方のパーソナリティにもよるし、 先生と子供達との人間関係にもよるので、 使える所を使ってもらえればよいと思います。 私は理科の教師ですが、 実験のグループを3回ごとに変えました。 同じ星座で座れとか、いいながらグループを作らせ、 後は普通に授業を展開します。 そして、最後のまとめを書かせた後に、 今日のグループの感想を書かせて、 それを発表させるところまでやらせてシェアリングを終わります。 私は、このような形で、構成的グループ・エンカウンターのエキスを 授業の中で使いました。 このように、自分の工夫で使える所は一杯あると思います。 それでは、これから、 休憩をはさんで体験コースに入ることにしたいと思います。 |
| 構成的グループ・エンカウンターの実技 |
| 講演:思春期から青年期にかけてのメンタルヘルス |
| 講演:発達障害に対する理解と支援のあり方 |
| 悩み事に関する総合リンク集 |
| 高専における学習参考情報 |
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| 一関工業高等専門学校 学生相談室 |